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障害があっても「できること」が広がった瞬間

趣味・日記
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皆さんこんにちは。就労継続支援B型事業所かなうラボ利用者の^^ackey^^です♪

今回のテーマもいつもの若い支援員さんからヒントを頂きました💡
題して『障害があっても「できること」が広がった瞬間』といたしまして、お話をさせて頂きます。

私の場合、ある一瞬でパッと花開く感じではなく、
今から思えば、じわじわと努力が実っていく感触がありました。

では、これからじっくりお話しさせて頂きますね。
どうぞお付き合いください。




「得意」から「夢へ挑戦」に移行した時代:資格取得で得た信頼感

私は20代の頃、障害をクローズにして接客のアルバイトを転々としていました。
親元で暮らしていたので、金銭的にもあまりこだわりはなかったです。
業種としては、レンタルビデオの返却などのレジ対応や、コンビニ業務、歯科助手や、メガネの販売業などなど、様々な業種に携わってきました。

そして私が30代に差し掛かった頃、実父に
「そろそろ腰を据えてできる仕事を見つけてみたらどうか?事務職はいいぞ。」
と言われ、ちょうど私も憧れていた事務職だったので、スキルアップを図るため、様々な努力を積み重ねてきました。

PCのスキルを高めてみたり、資格を取得してみたり。

もう30代なので障害をオープンにして働くことも決め、最初から障害者枠で事務職のパートを狙っていきました。

ここで1度目の花が咲きます🌸

・1度目の開花:PCスキル向上と資格取得で事務職に行かせた経験

憧れだった官公庁の長期の事務パートで障害者枠の募集を見つけたのです!
私は早速履歴書を作り上げて面接を受けに行きました。
即日採用でした!
後から聞いたのですが、他のパートの方々は1週間ほど結果待ちだったそうです。
PC操作スキルを磨き、資格も取っておいたので、それが功を奏した様でした🌸

そこを退職してからは、なかなか仕事が決まらず悩みに悩んで、担当のソーシャルワーカーさんに相談しました。
そこで
「病院の売店なら空きがあるそうですよ♪」
という情報を手に入れます。

雇用保険も切れてしまっていて、この際業種にはこだわらない!仕事がしたい!!
と思っていて、しかも近所の奥さんが違う病院ですが、売店で勤務なさっていて、
「ああいう仕事もいいなぁ。」と正直思っていたんです!

また希望に沿った仕事が現れて、私は乗るしかない!
と思いました。
面接を受けて無事採用が決まり、無職だった私はパートに返り咲きました。

こうして2度目の花が咲きました🌸

・2度目の開花:接客業の経験を活かし資格取得と5年勤務に繋がった経験

その病院の売店は、障害者の方々だけで構成されている売店でした。
私は、
「ここでしか私は働けない身なんだから、簡単には辞めないぞ!」
と覚悟を決め、5年勤務しました。

その間に先輩方にはとても可愛がられ、
「あなたは接客が向いているようだから、販売士の資格を取ってみない?」
と勧められ、販売士3級の資格も取りました。

5年に1度の更新ですが、今でも更新して資格は活きています。
患者さんはもちろん、職員さんや看護師さんも私に相談するためだけに売店に足を運ぶようになり、売店はとても明るく、活気が出てきました。

それでも、
「ステップアップしないか?」
という声は私にもかかりました。
どうやら先輩の話だと3年程いると、この声かけは売店で恒例になっているようでした。

気の強い後輩が入ってきて、突っかかってきて非常にストレスでして、萎縮性胃炎になるほどでした。
この後輩と2人で組むときは、早退していました。
本当に苦手だったんです(涙)

そんなこんなで仕方なく退職しますが、
また3度目の花が咲きます🌸

・3度目の開花:1人で事務職を任され、仕事に対する自信と安定感を得られた経験

経験のあるメガネ業界の障害者枠のパートを見つけます。
最初は販売業務をするのかと思ったら、
店長が、
「簡単な事務作業はできますか?そちらをお願いできると嬉しいんですが。」
と言ってきたのです。

私は、すかさず
「PCを使った事務職の経験はあります。是非やらせてください!」
と頼みます。

面接は無事通り、適性検査の結果も
「事務職の適性あり」
という結果で通り、晴れて事務員としてパートで仕事を任されるようになりました。

ここで!今までと違う環境だったのが「1人で仕事をする」という事でした。
時々直属の上司をつかまえて質問はしたものの、数件質問しただけで済みました。

そんな環境で仕事することになり、私は
「病気なんかに負けていられないぞ!1人なんだから。」
と奮起したら、私の特性である病気の症状が消えていきました。

薬も変わらずだったので、この環境の変化が私に大きく作用したんじゃないかと思います。

より私らしく仕事をしていく在宅勤務の選択

このように私の仕事復帰にはたくさんの開花がありました🌸

しかし、通いだとどうしてもある「出勤」の手間や、職場内の人間関係のいざこざで心がボロボロだった私は、
「もう働くことはないだろう」
と思っていました。

が!主人が在宅勤務で返り咲く事を決め、動き出したことから、
「私も働いて手助けしたい!」
と思うようになったのです。

・在宅勤務目指して活動の日々

夫婦で初めて門をたたいたのは、ある「就労移行支援事業所」でした。
そこでは、素敵な職員さんが待っていました。

まずはPCのスキルを付けながら、就職活動をするというスタンスで話は進みました。
そこで就職活動がなかなかうまくいきません。
年齢の事もあり、なかなか採用が決まらなかったのです。

そこである職員さんが、私に就労継続支援B型事業所を勧めて下さったんです。
当時私は父の具合が悪く、通院へ付き添わねばならなかったんです。
A型だと、時間の融通が利きにくい事、A型は在宅勤務がなかなかない事などから、B型を勧められたのです。

私はB型事業所に進むことを決め、在宅勤務が始まりました。

・初めてのB型事業所利用で

ここでは担当の支援員さんが1人ついてくださり、週1面談をしてくださるメンタル担当の職員さんや、様々なコースを取り揃えていました。

私は事務コースを選択しました。
事務コースでは、MOSの資格取得を目指し、コツコツと勉強をしながら工賃がもらえる、というコースでした。

残念ながら資格取得には至らなかったものの、担当の支援員さんがとってもいい方で、
まるで親戚の叔父さんみたいに私の事を可愛がってくださり、
県外の事業所でしたが、月1通所で出かけると、必ずお菓子を用意して待ってくれていました♪
多分私達にだけだと思われるのですが、たい焼き(あったかいの)や、スイカ味のクッキー(珍しいから)など準備してくれてそれは良くしてくださりました^^

釣りがお好きな方で、介護福祉士の資格もお持ちの方でした。
県外の事業所だったので、帰りに海鮮丼を食べて帰ったり、地元で有名なハンバーグ屋さんに寄ったりして楽しんでいました^^

ここは、作業に行き詰まりを感じたり、工賃の安さで生活が成り立っていかなかったので、残念ながら事業所を移ることにしました。
担当支援員の方は
「いつでも戻っておいで。待ってるよ^^」
と最後に言ってくれました(涙)

・接客業に返り咲こうとするが…

そして私は次の仕事として、駅ビルのお菓子屋さんで接客業の募集があり、トライしてみました。
面接担当の方がいらして、
「障害を持った方は初めてで…。」
とおっしゃるので、
「普通の方と変わらず接して頂いていいので!」と元気よく答えました。

面接担当の方は
「確かに普通の人と変わらなく見えますよね。ではそうさせて頂きますね。」
と面接が始まりました。

それでも面接官の方は私の障害に対する履歴書の表記を気にされている様子でしたので、
「そんなに配慮して頂くこともありません。大丈夫です。」
と話したら、
「そうですか^^」
と和んでくださり、面接の結果は採用で返ってきました🌸
ここでまた、私のスキルの花が咲きました。

が、お昼休みなし、私の負担の「出勤」「職場内の人間関係」がある、
そして「この会社のレジは複雑でなかなか覚えられない」と友人から聞き、
様々な問題が立ちはだかり、内定は辞退しました。

その後私は「かなうラボ」に出会うことになります。

・かなうラボに出会い、得意だった文章作成に携わる経験を積んで

かなうラボでは、初めはWEBデザインのコースに所属しました。
そこで素敵な教務員さんと出会い、支えて頂きながら続けていましたが、
ある部分で挫折し、そのタイミングでライティングコースの存在を知ります。

1回付いていけるかどうか、お試しで作品を上げたのですが、通りまして、半年以上書き続けています。

お料理ブログから始めて、それから段階を踏んでコラムを書いたり、ブログを書いたりしてきました。

「かなうログ」では職員さんが、
「見ましたよ!」
「美味しそうですね♪試してみます!」
「こんなテーマで書いて欲しいです!」

と声をかけて下さり、私の知名度はガンガン上がりました👆
ここで現在の花がまた咲きました🌸

こうやって私の『障害があっても「できること」』はじわじわ広がっていったのです🌸

まとめ

いかがでしたか?

こうやって私の半生を振り返ってみると、
花の付き方はじわじわですが、確実に開花が広がっているように感じました。
私が「できることが広がった点」を以下にまとめます。


・PCスキルを向上させる&資格取得で憧れだった事務職で仕事が出来るようになる
・接客、販売業の経験をを重ねて、資格取得に至る
・1人で事務職を任されて、病気まで軽くなり自信と安定感が養われた
・自分が好きだった文章作成の仕事を得て、在宅勤務が可能になった


瞬間、で言ったらやはりPCスキルが上がり、就職に結びついた時、でしょうか。
それでも進化が止まらない私の人生。

支援員の皆さんに支えて頂いたからこそある今の私なので、
今まで出会ったすべての素晴らしい支援員さんには感謝の気持ちしかありません。

「かなうラボ」には支えて下さる素敵な支援員さんがたくさんいらっしゃいます。
教務の方々も素敵な面子が揃っています。

これから支援員さん、教務員さんを目指す方々、是非私の書いた支援員さん達のように、
「心の人」であってください!
期待しています^^

今回のこの作品で、皆さんの心になにかいいものが残ってくれれば嬉しいです^^

では、この辺で失礼いたします。