こんにちは。就労継続支援B型事業所かなうラボ利用者の^^ackey^^です♪
今回は『障がいと向き合い、症状回復までのプロセス』と題してお話していこうと思います。
この課題に取り組もうと思ったのは、いつものテーマのヒントを出してくれる若い女子支援員さんから頂いたご意見を基にしています。
彼女はいつも私と接している時に
「ackeyさんはいつも明るくて元気なイメージがあるんです。どうやって障がいを受け入れてきたのかな?と興味がありまして。」
とおっしゃって頂いて、この記事に繋がります。
「今回は明るいイメージだけでなく、ちょっと深掘りして知りたいな♪と思いました。」
というお話がありました。
このテーマに関しては、語ろうと思えばいくらでも引き出しはあるので、語れます。
私もお話を聞いていて、
「明るい私に賛同するよりも、闘ってきた私に賛同してくださるフォロワーさんもいらっしゃるはず!」
と思えました。
では、私が心の病気で正式な病名が付くところまでタイムスリップしてみましょうか♪

初めて自分が何者なのかはっきりした病名
病名が確定するまで
私は15歳で初めて発病して、31歳でやっと現在の病名に辿り着きました。
当時、私は15歳の頃から始まった「幻聴」に悩まされていました。
これは明らかに「統合失調症」の症状です。
そして、15歳の頃は勉強していても教室でポロポロ泣き出したり、読み物に集中できなかったり、気分が沈んでいつも落ち込んでいました。
この心境は、今から思えば「うつ病(感情障害)」の症状だったと思います。
私の病名は「統合失調感情障害」という名前で、
「統合失調症」と「感情障害」を併発していました。
現代では「感情障害」は「気分障害」と呼ばれ、うつ病や躁うつ病などを指すようです。
・主な症状として
- ①うつ症状
- ②幻聴
- ③語尾の過敏さ
が挙げられます。
・症状と向き合い、楽になっていくための3つの要素
- ①理解ある生活環境下にいること
- ②医療の発達
- ③時間の経過
この3つが条件ですかね。
私は、この3つを兼ね備えて初めて障がいが今に至るほど軽くなることが出来ました。
3つの要素の具体例
①理解ある生活環境下にいることについて
これに関しては、身近な人の寄り添い方が様々で、
- 私の症状を気にしながら合わせて話してくれる母、主人。
- 私の症状に寄り添えない父、その他の人達。
明らかに2つに分かれました。
私が結婚相手に主人を選んだのは、具合が悪くなった時の対応が、母と同じで、私に寄り添ってくれるところでした。
「この人なら付いていける!」
と思いました。
結婚後も主人の対応は私に寄り添ったもので、とても居心地が良かったのを覚えています。
ここ10年ほど幻聴は遠のいているので、主人の良さの出番がなくなりましたが、
父のようにモラハラ夫ではないので、毎日安心です。
②医療の発達について
旧薬から新薬に切り替わり、悩まされていた「幻聴」の症状に変化が訪れます。
旧薬時代は頭の中でただあるお笑い芸人が「なんでやねん」と言っているのを繰り返していたのが、新薬になったら、「幻聴」が会話方式になったんです。
それだけでもとても楽になったのを覚えています。
会話方式なら、「気のせいか。」とある程度無視できたんです。
うつの症状は学生時代に卒業できました。
③時間の経過について
そして一番厄介だったのが、語尾が過敏になる症状でした。
あまり詳しく話して他の方々にこの症状が移ってしまっても困るので、敢えて深くは触れませんが、今から思えば、脳で繰り返す言葉の癖、みたいな感じでしょうか。
現在は時間の経過・経験と共にこの症状はなくなりました!
語尾が気になっていたら、文章なんて書けませんもの^^
幻聴はどうやってなくなっていったか、というと、
今の仕事に就く前に、ある大手メガネチェーン店のバックヤードで仕事が決まった時の事。
面接でこんなやり取りがありました。
店長:「ackeyさんは、PC操作の経験があるようですね。うちでは、簡単なPC業務をしてくれる事務担当者さんを募集していたんですよ。やってもらえると助かるんだけど、どうですか?」
私:「はい!PC操作は前職で経験しておりますしP検3級も取りましたので、可能です。やらせてください!」
店長:「では事務希望、という事でいいですか?」
私:「はい!喜んでやらせて頂きたいです!」
店長:「では事務の仕事をする職場を案内しますからご覧ください。」
私:「ありがとうございます!」
店長:「ここで1人で仕事をしてもらいます。いかがですか?」
私:「静かな環境で仕事させて頂けそうで、とても夢が膨らみます!」
店長:「では次の適性検査の話に入りますが…(以下省略)」
というやり取りがありまして、ここで、私は4年間仕事をすることになりますが、
1人で仕事、となると誰にも頼れない訳ですよ。
私は、
「幻聴なんて聞いてる場合じゃない!私1人なんだからしっかりしなくちゃ!」
と腹をくくったんです。
そうしたら、元々治りかけだった幻聴から卒業できたんです(涙)
大風邪引いたときは38.2度の熱を出して、ちょっと幻聴みたいなものも現れましたが、元気な時は全く現れなくなりました^^
幻聴とは4半世紀闘って来ましたが、こうやって闘いの幕は下ろされました。
幻聴に悩まされていた時の心境
幻聴に悩まされている時は、どのような心境だったか、というと、
いつ具合が悪くなるか分からないのでいつも落ち着かなく、そして移動が苦手でした。
今から思えば、それはそれは世界が狭かったです。
語尾の思考の癖が現れると、それが頭の中いっぱいに襲ってきて、自由がなくなるんです。
顔はこわばり、話す言葉もなんだかたどたどしい。
相手はすぐ気付いてくれる人と、全く気付かない人と分かれました。
どちらにしても、仲のいい人達には自己申告制だったので、
言える人には素直に伝えました。
主人はよく「そうだと思ったよ。静かにしているから、ゆっくりしていてね。」
と車のラジオのボリュームをオフにして、なだめてくれました。
次回は、そんな主人の特性の受け入れ方についてお話ししようと思います。
まとめ
今回は、私の病気が回復していく過程と、必要だった環境などについて書かせていただきました。
私もここまで元気になるのには4半世紀、という長い時間がかかった事もお伝えしました。
皆さんも焦らず、自分が楽になれる環境を探していきましょう。
回復に早道はありません。
よく精神科の先生がおっしゃるのが、
「病気とうまく付き合っていくには?」
というワードです。
そこからだと私も思います。
私の場合、良い環境+職場で腹をくくった事によって背中をポンッと押してもらえた気がします。
次回もお楽しみに^^


