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「隣の芝生」を見なくなったら、幸せが増えた話

趣味・日記
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みなさまごきげんよう。
就労継続支援B型事業所かなうラボ利用者のmayoです。

スマホの画面を閉じた瞬間、なんとも言えない虚しさに包まれる。
そんな経験、ありませんか。

友人の結婚報告、同僚の昇進、誰かの海外旅行の写真——見るたびに「隣の芝生」ばかりが青く見えて、心の奥がすっと冷たくなる感覚。私はしばらく、そういう夜を何度も過ごしていました。この記事では、他人と自分を比べる癖にずっと悩まされていた私が、そこから少しずつ距離を置けるようになるまでの話をしてみようと思います。

比べてしまうのは、脳の癖のようなもの

人間は本来、他者との比較を通じて自分の立ち位置を確かめる生き物だそうです。心理学ではこれを「社会的比較」と呼び、自分が集団の中で安全な位置にいるかを確認するための、いわば本能的な防衛反応のようなものだと言われています。だからこそ、比べてしまうこと自体は決してあなたが悪いわけではありません。ただ、とりわけSNSが手放せない現代においては、この本能が過剰に刺激されてしまいます。タイムラインに流れてくる他人の人生のハイライトシーンばかりが、否応なしに目に飛び込んでくるからです。

私自身、友人たちの華やかな投稿を眺めては「自分には足りないものばかりだ」と落ち込む時期がありました。でも、あとから冷静に考えてみると、投稿されているのはその人の人生の中でもごく一部、しかも一番輝いている瞬間だけです。誰の毎日にも、写真に残らない退屈な日や、うまくいかない日が積み重なっているはずなのに、画面の向こうにあるとそれが見えなくなってしまうのです。

友人の結婚式で気づいたこと

この事実に本当の意味で気づかされたのは、友人の結婚式に出席した日でした。キャンドルの灯りに照らされて笑う友人の姿を見て、心から祝福したい気持ちがある一方で、「自分はまだ独り身で、仕事も中途半端だ」という焦りが、拍手の音に混じって胸の奥からこみ上げてきたのです。友人の眩しい幸せと自分の現状を無意識に天秤にかけてしまい、祝福の場にいながら、頭の中は自分自身の惨めさや焦りでいっぱいになっていました。

華やかな会場を後にして冷たい風に吹かれたとき、急に『自分は一人なんだ』という孤独が押し寄せてきました。駅へと歩きながら、ふと自問しました。「今日の自分は、本当に不幸だったのだろうか」と。振り返れば、友人の笑顔を間近で見られたこと、久々に旧友たちと言葉を交わせたこと、美味しい料理に舌鼓を打ったこと——小さな幸せの欠片が、その日一日だけでもいくつも転がっていました。それなのに、誰かと自分を比べた瞬間、その欠片たちはまるで存在しなかったかのように見えなくなっていたのです。まさに、比較という行為が幸せを覆い隠してしまう瞬間を、身をもって体感した出来事でした。

比較から少しずつ抜け出すためにやったこと

この体験がきっかけとなり、「比べない練習」を意識的に始めることにしました。もちろん長年染みついた癖がすぐに消えるわけではありません。それでも、次の3つを心がけるようになってから、少しずつ変化が生まれました。

1.比べる相手を「他人」から「過去の自分」に変える
今の自分を半年前や1年前の自分と照らし合わせるようにしました。他人との比較では見えなかった「前進している実感」が、自然と得られるようになったと感じています。

2.SNSを見る時間をあらかじめ決めておく
比較のきっかけになりやすいSNSは、だらだらと眺め続けるのではなく、見る時間帯や長さを先に決めておくようにしました。それだけで、心のざわつきはかなり収まりました。

3.「羨ましい」という感情を無視しない
誰かを羨むのは、自分自身がそれを心のどこかで望んでいる証拠でもあります。その感情に蓋をするのではなく、「本当は自分は何が欲しいのだろう」と問い直す材料として使うようにしました。

小さな幸せを拾い集める習慣

考え方を変えるのと並行して、日常の中の小さな幸せを意識的に拾い上げる習慣も取り入れました。中でも続けやすかったのが、寝る前にスマホのメモ帳へ「その日良かったことを3つだけ書き出す」というシンプルな方法です。空が綺麗だった、コーヒーが美味しかった、誰かにちょっと親切にしてもらった——本当にささやかなことで構いません。これを続けるうちに、他人と比較しなくても、自分の毎日にはすでに幸せの種がたくさん転がっていることに気づけるようになりました。

そしてもうひとつ大切にしているのが、「幸せの形は人それぞれ違う」という当たり前の事実を忘れないことです。誰かにとっての幸せが、自分にとっても同じように幸せとは限りません。自分は何をしている時に心から満たされるのか。それをもっと大切にしてあげることこそが、比較の呪縛から自由になる第一歩なのだと感じています。

それでも比べてしまう自分を責めなくていい

正直に言えば、今でも誰かと自分を比べてしまう瞬間はあります。比較という行為を完全にゼロにするのは、誰にとっても簡単なことではありません。大事なのは、比べてしまった自分を責めすぎないことだと思います。「あ、また比べてる」と気づけたなら、それだけでもう十分な前進です。気づいたその瞬間に、視線をそっと他人から自分自身へ戻してあげればいいのです。

おわりに

幸せというものは、誰かと比較した瞬間にその輪郭をあっという間に失ってしまいます。けれど、比較という行為から手を離し、あらためて自分の日常に目を向けてみると、そこには確かに温かな幸せが息づいています。他人の人生の「良いとこ取り」の部分と、自分の人生の「全部」を比べる必要は、どこにもないのです。

スマホの画面を閉じて、今日という一日の中に、あなただけの小さな幸せをひとつ見つけてみてください。それに気づけたとき、比較という霧は少しずつ晴れていくはずです。

最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。この記事が、あなたの心がふっと軽くなるきっかけになれば嬉しいです。