就労継続支援B型事業所かなうラボの記事を更新♪

何故、かなうラボを利用しようと思ったのか?

趣味・日記
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こんにちは。利用者の薄墨です。
この記事では、私がかなうラボを利用しようと思ったきっかけに触れながら、私自身のことやかなうラボさんそのもの、その他思いついたことについて書いていこうと思います。

通うまでの経緯

 私は小さい時から心身が弱く、学校を休みがちでした。ストレスがたまるとすぐに熱を出し、それが蓄積されていくのか中学、高校、大学では「卒業まで登校習慣を維持できない」というのが常態化してしまっていました。熱自体は微熱であったり、テストに問題がなかったり、様々な理由で私は自分が置かれている「自分に合わない環境に身を置いている」という事実から目を背けてきました。保健室登校はしたくない、大学に進学し、きちんと就職したい。社会的に良しとされるレールに乗りたい、そこから外れたくない。
 そういう強迫観念じみたものを知らぬ間に抱え心身の悲鳴を無視し続けた結果、大学通学中にストレス性胃腸炎を発症。休学と復学を繰り返しなんとか卒業することは出来ましたが、残ったものはうつ病やパニック障害の診断と、コントロールが上手く出来ずすぐ疲れすぐ寝込む虚弱な心身でした。

利用のきっかけ

 なんとか私でも働ける場所はないか。そのような試行錯誤の結果、たどり着いたのがB型作業所かなうラボでした。
 私は元々働くのが好きで、大学在学中に派遣会社に所属してアパレルメーカーの倉庫で働いていた経験があります。療養を経た大学卒業後も、何度か単発のバイトに入り自分がどれだけ仕事を出来るか、というのを試していました。一年ほど個人的な模索を続けていたと思います。資格の勉強をしたこともありました。

 そうしてわかったのは、前日に体調が整っていれば一日は健常者と同程度働くことが出来るが、体調不良の波が激しすぎてシフトを管理する必要があるバイトなどは難しいこと。社会が求めるこの日、この時間、ここにいて、この作業をしてほしい。それらの見通しが、なるべく早い段階でたってほしいというニーズに応えられないこと。それを実感してからの行動は早かったと思います。

 体調と付き合いながら労働の量自体を管理し、社会に迷惑がかからない形で私が出来る「継続」の形を見つけていく。
 これらをこなしていくには、B型作業所に入るのが私の中で最適解でした。家から出るのが負担になるので在宅で。スキルを身につけたいのでクリエイティブな物を。私が作業所を探し始めた2025年5月の段階でそれらの条件に当てはまり、一番魅力的だと感じたのがかなうラボでした。
 今は東京から電車に乗って月に4回ほど通所し、そこで日々の在宅作業について面談を受けることで様々な物事についてモニタリングをしてもらいながら日々を積み重ねています。

ここで得たもの

 他の作業所に入ったことがないのでわかりませんが、かなうラボはかなり高賃金な方だと思います。働くのが好き、作業が金額として報われてほしい……という願望と焦りでストレスを溜める傾向がある私でも、安定して出来ることをして、それに対して工賃をもらうという感覚を得ることが出来て、かなり作業時間や内容についての負担感や、身体の調子に向き合うことが出来るようになりました。もちろん、私が今貰っている工賃で生活をするとか、一生これで満足が出来るかと言われたらそれはNOだと思います。それでも、何かと治療的な行為に消費が伴いがちな自分としては、行動が金銭の獲得に繋がるというのはあまりに素晴らしく、革新的な出来事でした。
 一年を通してみて、今ここで得たもの、今後得るものは工賃と作業だけではないと確信しています。やりがいとか生きがいとか、仲間とか、そういうふんわりとしたイメージ的なものだけではなくシステム的なものに触れつつ紹介出来たらと思います。

週に一回の在宅、あるいは通所での面談
 住んでいる地域により対面必須であったり多少の差はありますが、かなうラボでは週に一回の面談が行われています。主に睡眠、食事や水分、体調、メンタル、作業の進みについて聞かれ、改善すべき点があればアドバイスなどをもらうことが出来ます。そしてそれに加えて、作業内容についてなんとなく自分からは質問として言い出せなかったことやふと疑問に思ったこと、人間関係における愚痴なんかも嫌な顔をせずに聞いてもらえます。完全な友人として長時間雑談する、というのは難しいですが何かあった時は、週一面談で他者に相談できるという感覚は私の精神面の安定に大きく貢献してくれたと感じています。
 私は昔から、どうにも人に頼るのが苦手でした。出来ないことについて小学校の先生から叱られたり、相談しても別に解決しなかったり。何より、相談することにより相談したのに解決のため動いてもらえない、または誰も成すすべがないという事実に打ちのめされるタイプでした。それなら私だけで悩んでいた方がいい、勘違いをされ事実や感覚のすり合わせに大きくコストを割かれたり、わけのわからない配慮を受けたり次の日から向けられる目線が変わってしまうのなら、黙っておいた方がいい。そもそも自分の抱えるこれが、相談するべきことなのかも、相手との間に相談できる関係性があるのかもわからない……そんな感覚がずっと付きまとっていました。

 週一面談でのやりとりで私が持っている悩みは、安定した支援の中で共有されるべきものとして柔らかく受容してもらえました。すぐに解決に焦られたり、ぐいぐいと求めていないアドバイスを投げつけられることもありません。興味本位で踏み込まれてしまうということもありませんでした。モニタリングとして色々なことを聞いてもらうという習慣が、私の中に「これは体調に影響しそうだから、言っておいた方が良さそう」という感覚を生み出し、結果的に「解決できない悩みをありのまま他者に共有する」というかけがえのない力を得ることが出来ました。
 今までも、大学の先生であったりメンタルクリニックのお医者さんであったり、信頼できる、と思えるような人は何人かいました。しかし「生徒だから」「患者として」という限られた枠組みによる許しは、その枠組みあってのものな上に「課題解決に助力してもらう」という感覚が強くありました。わからないものを聞きに行く、薬を調整してもらう。情報は共有出来ても、感情は共有出来ていなかったと思います。手に余るようになってからヘルプサインを出しに行く、といっても良いかもしれません。良い関係を築けていることと上手く連帯出来ていることは必ずしもイコールではないのだと改めて痛感させられます。
 何より、支援員の方々との面談は叱られないというのが大きかったようにも思います。うっかり好きなことを優先し、夜更かしをしてしまった。どうにも食べるのが好きで、太っているのにおかわりがやめられない。モニタリングの項目を満たしていく上でぽろぽろと挟む個人的で怠惰な部分を、支援員さん達は笑って受け入れてくれます。時に共感しながら、時に困り笑顔を作りながら。どうにも上手くやれない人が一定層いることを、その人達が完全なるわがままでそうなっているわけではないことをしっかりと理解した人達からふんわりと注意を受けるのは、私にとってあまりにもありがたく、温かなコミュニケーションでした。アドバイスを実践し、睡眠アプリを導入したりお茶碗を小さいものに変えてみたりして、それらの効果についてどうだったかを次の週で報告し、またさらに良くしていくために心当たりのあることを共有する。不調の自覚と対策がとても早くなったと感じています。

 また、一年の通所で外出恐怖が和らぎ遊びに行けるようになったり、長期にわたって服用していた抗うつ薬の服用を終了することが出来ました。行動に賃金が発生し、それを維持しようとするシステムに参加させてもらうというのはこんなにも精神衛生上、そして治療として効果があるのかと驚かされます。

最後に

 正直なことを言えば、B型作業所で働く、ということに私自身が長い間ぴんと来ていませんでした。工賃の計算だから働いた時間に対して報酬が少なく、社会経験としてはあまりに乏しいものだという偏見すら持っていた覚えがあります。そして、それは今でも部分的にあっているのではないかとも思います。もっと効果的なアプローチがあるのでは? 私がそれにアクセス出来ていないだけでは?
 ですがこれも、B型作業所で余裕のある働き方が出来て、先の見通しがつくようになってきたからなのかなとも思います。全ての人に合っているかと言われたらわかりませんが、少なくとも私は通って良かった、きっかけというチャンスを掴めて良かったと感じています。

薄墨

パニック障害とうつ病を抱えつつ、なるべく日々を充実させようと奮闘中。映画鑑賞や読書が好きです。