みなさま、ごきげんよう。
就労継続支援B型事業所かなうラボ利用者のmayoです。
子どもの頃は、転んでも「痛い!」と泣けば翌日には元気に走り回っていました。でも大人になると、同じようなケガでも治るまでが長く、「もう若くないのかな」と実感することがあります。

みなさんも、「そういえば最近ケガをしたな」と思い当たる出来事はありませんか。
今回は、そんな私のケガの思い出を振り返ってみたいと思います。笑っていただけたら嬉しいです。
第一章 自転車と私の壮絶な初対面(幼稚園〜小学校低学年)
補助輪が外れた日のことは、今でも鮮明に覚えています。
父が「もう大丈夫! 行けるよ!」と背中を押した瞬間、私は見事に花壇へ一直線に向かってしまいました。
ひざをザリザリと擦りむき、痛さで泣きながら父を見ると、心配して駆け寄ってくれるどころか、当時使っていたカメラを構えて笑っていました。
「転び方が芸術的だった」
そう言って父がファインダー越しに笑っていた写真は、今でも実家のリビングにしっかり飾られています。
集まるたびに『あの頃は……』と蒸し返されるその1枚を見るたび、少しだけ根に持ちつつも、我が家らしい温かい思い出だなとしみじみ感じます。
傷口には、当時よく使われていた消毒液、マーキュロクロム(通称「赤チン」)を塗ってもらいました。
しみるのに、本当に効いているのかよく分からない不思議な液体でした。
それでも子どもの私は、「これで治る」と信じていました。
その後も坂道を見るたびに挑戦しては転び、自転車とは何度もケンカをしては仲直りを繰り返しました。
今思えば、あれが私と自転車との長い付き合いの始まりだったのかもしれません。
第二章 体育の時間という名の戦場(小学校高学年)
小学校高学年になると、体育の授業は毎回ちょっとした冒険でした。
跳び箱では六段に挑戦しました。
勢いよく踏み切った……つもりが盛大に失敗し、お腹を跳び箱の角へ思い切りぶつけてしまったのです。
痛みより先に襲ってきたのは、
「格好悪い……。」
という気持ちでした。
クラス中の視線が集まる中、「大丈夫?」と駆け寄ってくれた体育の先生の表情は、今でも不思議なくらい覚えています。
同じ頃、ドッジボールでは顔面にボールが直撃し、見事に鼻血を出してしまいました。
鼻を押さえながら保健室へ向かう道のりは、なんとも言えない孤独感がありました。
保健の先生からは、
「上を向いちゃダメよ。」
と何度も言われました。
でも、人は「見るな」と言われると見たくなるものです。
あのときも、不思議なくらい空を見上げたくなったことを覚えています。
第三章 「大丈夫」は本当に大丈夫?(中高生)
中学生になると、不思議と「痛くない」「平気」が口癖になります。
部活動のバスケットボールでは、走りながら振り返った瞬間、チームメイトと正面衝突しました。
体育館に『ゴツン!』と鈍い音が響き渡り、二人とも星が出そうな衝撃でその場にフリーズしました。
周囲が笑い始めたので、「笑えるうちは大丈夫だ」と勝手に判断し、お互い何事もなかったように練習へ戻りました。
しかし翌日には、見事なたんこぶができていたのです。
それを友人たちに「触ってみる?」と自慢げに触らせて回っていました。高校生くらいまでは、痛みより面白さが勝っていたのでしょうね。
高校では調理実習で包丁を使い、キャベツの千切りに挑戦しました。
自信満々だった私は、見事に指まで千切りそうになりました。
先生に絆創膏を貼ってもらいながら、
「料理人になる未来は、どうやらなさそうだ。」
と静かに悟ったものです。
第四章 大人のケガは静かに効いてくる
大人になってからのケガは、不思議なくらい派手さがありません。
その代わり、治るまでが長いのです。
二十代のある朝。
仕事へ急いでいた私は、玄関の段差を踏み外して足首をひねりました。
「これくらい大丈夫。」
そう思って、そのまま出勤します。
しかし夕方には足首が大きく腫れ上がり、ようやく病院へ行くことになりました。
診察結果は「軽い捻挫」。
その言葉を聞いたときは安心しましたが、「軽い」と言われても痛いものは痛い。
結局、私の場合は完治まで約三週間かかりました。
この経験から学んだのは、ケガは軽く見ないほうがいいということです。
忙しい毎日の中では、ほんの数センチの段差や少しの油断が思わぬケガにつながることがあります。
焦る気持ちが事故を呼ぶこともあるのだと実感しました。
そして、つい最近。
熱々のフライパンの取っ手を何も考えず素手で握り、小さなやけどをしました。
すぐに流水で冷やしましたが、ヒリヒリとした痛みはしばらく続きました。
やけどは『まず流水で十分に冷やす』のが鉄則。症状が重い場合は医療機関の受診が必要ですが、今回は小さなやけどで済みました。それでも冷やしている間の心細さは、子どもの頃と少しも変わりません。
幼稚園の頃の豪快な転倒と比べれば、本当に地味なケガです。
それでも水道水でじっと手を冷やしながら、「あぁ、私は大人になっても、昔と変わらず何かに懲りずに挑んでは「痛たっ」とやらかしているんだな」と、おかしくも愛おしい気持ちでしみじみと考えていました。
年齢を重ねるにつれ、ケガは減るどころか形を変えてやって来るのかもしれません。
おしまいに
ケガは痛いですし、恥ずかしくて、ときには情けなくなることもありますよね。
修羅場のような出来事も、時間がたつと不思議と笑い話になっています。
あのときは本気で痛かった思い出も、今では家族や友人との笑い合えるエピソードになりました。
もちろん、笑って済まないケガもあります。
だからこそ、気持ちが焦っているときほどふと足を止め、『まあ、焦らなくても大丈夫』と心に余裕を持つことが大切なのだと感じます。
それでも私は、これからも少しのおっちょこちょいを重ねながら、『いたた……』と笑って毎日を過ごしていくのだと思います。
そんな少し不器用な毎日も、私らしい人生なのかもしれません。
以上、とりとめのない日常のお話でした。
みなさんは最近、ヒヤッとしたりケガをしたりした出来事はありますか?
もし思い当たるエピソードがあれば、私の失敗談を思い出しながら『自分だけじゃないな』と笑っていただけたら幸いです。
大人になってからのケガは、治るまで時間がかかることもあります。
どうか無理をせず、お互い元気に毎日を過ごしていきましょう。
それでは、この辺で。
また次回のコラムでお会いしましょう。


