
寒くて布団から出られないね~
そうじゃなくても身体だるいのに(笑)
一応まだ頑張っているシマエナガです(*’ω’*)
今回はギュッと凝縮された3か月を過ごしたらどうなったのか、を書いてみるよ!!
親の体調不良
昨年の9月に遡るんだけど、急に父親の体調が悪くなったのね。
びっくりするほど急に。
『まぁもう歳だしなぁ』くらいに思っていたんだけど、実際に実家に見に行ってきたの。
そしたら、聞いたことない咳をしていて、すぐにこれは普通の風邪ではないし、肺炎かなって思ったのよね。
かかりつけのクリニックには行っていたみたいだけど、大きい病院で検査しろって何度も言ってやっと予約を取り付けてきたの。
病院嫌いだし、歳をとるとか以前にそもそも頑固者。
大変だったぁ( ;∀;)
そこから怒涛の3か月が始まる!!
体調不良が治らない
大きい病院ですぐ検査してもらえて、【間質性肺炎】だったんだけど何かおかしい。
主治医の先生が『これは膠原病かもしれない』ってすぐ判断してくれて、すぐに大学病院に紹介するからとスピーディーに動いてくれて、本当に助かった。
で、大学病院に転院するってなった時に主治医の先生から話(IC:インフォームドコンセント、医師からの病状説明等)があって家族が集まったんだけど。
『まだ元気なうちに転院しましょう』って言った先生の言葉が、母親には気に入らなかったらしくて。
『こんなに咳をして歩けてたのに歩けなくなって元気じゃないですよ!!』って食って掛かってねぇ・・・。
そう、ここで医療関係者と患者・家族との見方の乖離が起こるのね。(あるあるすぎる)
そこで『何も医療行為してないでしょ』ってシマエナガが間に入ったんだけど。
酸素とか、その他の医療行為が始まる前に早く動いた方がいいってことだし、医療関係者からすると医療行為がない患者は元気な部類に入るのよね。まぁ点滴は栄養とか入れてる程度だったし。
その時に、シマエナガが病院で働いていたということが先生にバレて、シマエナガがキーパーソン(いわゆる病院と家族の窓口係)になったんだよ🤣
母親は帰りもプリプリ怒りが収まらなかったから、ちゃんとシマエナガがかみ砕いて説明してあげたんだーこれが入院して3~4日くらいの時の出来事だったかな。
多分、母親も歳の割にすごく元気な父親が急にこんなことになって、動揺してたんだろうと思う。
こりゃーシマエナガがしっかりしなきゃダメだなぁって覚悟した。
頓服がないと面会に行けない
シマエナガは電車に乗れない!!!
というか外出が難しい!!!
でも、高齢の親のサポートをするにはシマエナガしかいない!!!
時間を逆算して頓服を飲んで、斜め掛けバッグのショルダーを握りしめて天を仰いで無で乗った。
行き帰りに頓服を飲まないと、めちゃくちゃパニックになりそうになる。
途中で具合が悪くなって倒れてもいいように、端っこ歩いたり泣きそうだった(;’∀’)
ちょっと不審者気味だったと思う。
父親は確定ではないものの、難病疑いだったから専門の科が揃っているところでないとダメだったのね。すぐ見つかるのかなぁって思ってたけど、先生が速攻で動いてくれて一番早く受けてくれるところにしてくださいって言って転院を取り付けてもらったの。
ここでも母親は『面会に行きやすい〇〇病院がいい』とか言い出して、
『父親の命の方が大事でしょうが!!』って喝を入れました(笑)
どう見ても急いだほうがいい状態なのに、近くがいいとか言い出して『家族あるあるだなぁ』なんて仕事をしていた時を思い出したよ・・・。
先が見えなくて気が抜けない
さっき【膠原病】って書いたけど、膠原病って色んな病気をまとめた病名だから色んな病気があるんだけども。
調べたところ100万人に18人という確率でなる病気って出てきて、
『そんなら宝くじ当たらんかーい!!!』
って思った(笑)
シマエナガは面会のたびに頓服を飲んで、バス乗って、電車乗って、乗り換えて電車、歩き・・・しかも母親と知らぬ間に決められた曜日に行くことになっていて、時間を守らなければならない。
いや、社会に出たら普通のことよ?みんなそうやって働いてるもんね。
でもね、シマエナガにはかなりきつかったんだ。
1回ちょっとだけ寝坊したら文句言われたし(‘Д’)
いつまでこの生活が続くかわからない、作業にも出られない、何より外出が苦痛で苦痛で仕方なかった。
しかし、専門科があるところに転院してから、緊急で透析まわしたり、薬入れたらわりとすぐ咳も止まったし、喋りも戻りつつあった。
でも、間質性肺炎が悪いのかと思ってたら、腎臓の方が悪くて少し遅かったら危なかったのよね。
だから、いつ緊急の連絡が入るかわからないし、気が抜けなかった。
それくらいギリギリだったのよ。
薬の副作用とかもどうだろうとか、他の臓器は大丈夫なんだろうかとか、年齢的にこの病気とうまく付き合っていけるのかとか。
難病だから、ずっと付き合っていかなければならないから、先は見えない。
いろーんなこと考えてた。
ただ、1回面会に行くと、次の日は動けないから何もできないし、本当にきつかったなぁ。
回復が追いつかなかった。
かなうラボのスタッフさんたちの優しさ
誰にも言えない間、感情を受け止めてくれていたのがかなうラボのスタッフさんたちだった。
こんな状態です・・・と相談したら、
『作業はいいから今は家のことやって!無理しないようにね』って言ってくださって🥲
作業に出られないことで、工賃や学習の遅れに焦りがすごかったから、とてもありがたかった。
外出がきつくて、心が折れそうだったけど話を聴いてくれるだけで助かった。
シマエナガの主治医には『今はあなたしかいないから頑張れ』って言われて萎えてるときも、一緒に気持ちを共有してくれた。
いや、確かにシマエナガが頑張るしかないんだけどさ。うん。
作業だけをみているというわけではなくて、寄り添ってくれたのが本当に支えになったんだ。
何しろ、主治医の先生の話を理解できるのシマエナガしかいなかったから(;^ω^)
元気に仕事現役だったらまだいいけど、自分も病気を持ちながら【しっかりする】って、予想以上に大変なんだよね。
3か月後のシマエナガ
ぐったりだよ(ヽ”ω`)
電車に乗るのも、外出頻度も、少しずつ慣らしていくならまだしも、急激に動いたからね。
荒療治された気分(笑)
無事に退院できたけれど、通院もあるから(しかも3つの科)、同行しなくてはならないし、全然終わってはいないのよね。
だから、年末年始は現実逃避のごとくずーっと寝てる日々でした。。。
夜の記憶しかない🤣
病院の仕組み、医療従事者と患者・家族の認識の違い、介助、介護保険、難病申請、病気の現状、今後の方針、シマエナガがしっかりしてサポートしなければならないことはいっぱいある。
シマエナガも迷惑かけてきた分、力にはなりたいけれど、どうしても頭も身体も言うこと聞かないこともあるからね。
そこは面会をするたびに母親ともめずらしく話し合ったから、もう荒療治はイヤだぁぁぁあ!!!
何なら、ちょっとしんどくてひとり泣いたこともあったさ。
あ、でもね、急にめちゃくちゃ歩いたり動いたりするようになったから、足に力がついたよ🤣
まだまだしっかりしなくては!なシマエナガでした(*’ω’*)


