就労継続支援B型事業所かなうラボの記事を更新♪

時間がかかったからこそ見えた成長

趣味・日記
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皆さんこんにちは。就労継続支援B型かなうラボ利用者の^^ackey^^です♪

今回のテーマも、いつもの若い女子職員さんにヒントを頂き、書き始めています。
自分で自分を「成長したなぁ。」とはあまり気付かないものですが、
長い年月経て振り返ってみると、
「昔の私じゃできないな。」とか「こんな対応はできなかったろうな。」といった内容はいくらでも思いつきます。

そのような体験談を踏まえたお話を進めていこうかと思います。
私の大好きな体験談。
皆さんもお気付きでしょうが、私は体験談を書いていると手が止まらないほど大得意です♪
エピソードが湧いて出る、といった感じでしょうか。

それでは、時間をかけて成長した私のエピソードの世界へ一緒に参りましょう^^





成長できるタイミングってどんなとき?

私の心が成長したポイント2点

1.折り返し地点で見えた、自分の成長の瞬間

私はそれなりに歳を重ねてきました。
その間には様々な経験がありました。

人生の折り返し地点をちょっと過ぎた私は、今が一番幸せ♪と思えます。
それは、ずいぶん前からの感情で、毎年誕生日が来ると、
「今が一番幸せ^^」
と思っていました。

確かに様々な波は来ましたよ。
でもその波を福祉の皆さんのお力や、周りの方々に支えられて、乗り越えてきたんです⭐

幾多の波を皆さんのお力をお借りして乗り越えてきた分、助けてくれた皆さんに対して感謝の気持ちと難問を突破できた達成感が沸き上がってくるのを感じていました。
その小さな成功体験の連続で、私は「幸せだ!」という気持ちが増えて成長していったんじゃないかな?と今から振り返ると思えます。

皆さんは、今不幸のどん底にいらっしゃいますか?
それとも立ち上がろうと頑張っていらっしゃるところですか?

どん底を知っている人は、将来的に強い、と私は感じます。
私も症状が強いときは、とても辛い毎日を送ってきました。
猜疑心が強まり、両親すら信じられなくて、家を飛び出して警察のお世話になったこともありました。
そこまで落ちるとあとは這い上がるだけですし、同じような症状の人の心を理解し寄り添うことができます。

立ち上がろうと頑張っていらっしゃる方は、時には休みながら、振り返りながら行きましょう。
頑張りすぎて違う道を選んでしまうこともあります。
繰り返し再確認しながら、その途中で道を変更してもOKですので、休みながらゆっくり行きましょう。
慌てて選んで、その道が違って立ち止まってしまうと、再復帰するにはまた時間がかかってしまうものです。
「本当にこれでいいのか?」自分に問いかけながら探しましょう。

皆さんの今経験している心境は決して無駄ではありません!
きっと将来何らかの形で花開くでしょう🌸

2.私の人生フローチャートから読み取る「成長」への道

このフローチャートは私の生きてきたターニングポイントを図にしたものです。
全部につけたかったのですが、特に成長した場面で💡のマークを付けさせて頂きました。


高校時代心の病になる。

精神病院へ入院する。
↓ ①💡
デイケアで友達ができる。
↓ ②💡
結婚する。

夫が心を病んでいる事実が発覚する。

支えてもらうはずが、支えあう毎日を送る。
↓ ③💡
何度か転職をする。
↓ ④💡
現在主人の症状を見守り、実母のお世話もしながら仕事面も順調。

では、番号順に成長過程を振り返ってみましょう。

①精神病院へ入院した私は、自分を見つめ直すことに没頭しました。
誰にそういわれておこなったわけではなく、自然と自分でそう心が動いていました。
この時期に私は将来の仕事のスタイルを考えたり恋愛が長続きするには?と考えたり病気について勉強したい、と思ったりしていました。
結果、この3点は、こんな結果が出ました。

将来の仕事のスタイルを考えたり
まず事務職で、障がい者枠で無理なく仕事していこう。と先が見える。

恋愛が長続きするには?と考えたり
母に教わった通り「男性も女性も、異性である前にまず1人の『人間』である。」という言葉をベッドのかたわらに貼り、いつも見ていた。→次から恋愛が長続きする。

病気について勉強したい
主治医に手助けしてもらい、少しだけ勉強してみる。→1回で続かなかったが、もっと勉強しておけばよかった。

精神科に入院したのは4ヵ月でしたが、その間にこれだけ頭が整理できたのは、今から思えばすごいことだと思いました。
中身の濃い入院だったと思います。

②デイケアで友達ができたのですが、その子がとても優秀な女の子で、とても刺激を受けました。その子は中学校で漢字検定2級を取得した過去があり、「私も受験する!」と猛勉強しました。
デイケアではその子に採点係をしてもらい、いつも試験問題を2人で個室にこもって取り組んでいました。それも許されていました。漢字検定試験は3級からスタートして3級、準2級、2級を取得しました。
デイケアのパソコン室でタイピングの練習もしました。友達はパソコン室で検索をしながら、私はパソコン検定4級、3級の勉強もして取得しました。「一緒に勉強すれば、きっとその子も取れたろうに、なぜ誘わなかったんだろう」と後悔しています。
資格取得に頑張った時期でした。

③結婚後、主人がASDだと分かり、支えてもらうはずが支えあう毎日を送ることになりました。
私はなぜか、全く悲観せず私も心の病気だから一緒に頑張っていこう。
と思いました。両親に「健常者じゃないのか!どうするんだ!」と言われても、
「言われるだろうなぁ。」という感覚はあったので、返す言葉は準備していました。
主人が前職を退職した際も「どうやって生活していくんだ?」と言われましたが、それも返す言葉を準備していました。親も私を追い詰めたくて言っているとは思えませんが、結果的に追い詰められたので、「こんな親から離れてよかった。」と正直思ってしまいました。心配だったんだよね、ごめんね(涙)
今では立派に2人でかなうラボで工賃を頂きながら生活できています。

④事務職を何度か転職しながらも、少しずつ勤務年数を伸ばしてきました。4年、5年と同じ職場で続けられるようになった一方で、 「人間関係」と「通勤」の2点がどうしても負担になっていました。  
そんな中、主人が在宅勤務を希望していたこともあり、私も一緒に働きながら家計を支える道を考えました。
そこで出会ったのが、かなうラボです。現在私は1年4か月お世話になっており、主人もほぼ同じ期間、在宅勤務で働いています。  
在宅勤務ならではの教務員とのタイムラグなどで主人がイライラすることもありますが、
「みんな同じように耐えているんだよ」と声をかけると、少し落ち着いてくれます。
私自身も支援員の方々の助けを受けながら、仕事と家庭を両立できるようになっています。  
この経験から、環境を変えるタイミングや新しい挑戦を受け入れるタイミングが、成長のきっかけになることを実感しました。

こんなに成長してるんです!
自分でも書いていてビックリしました👀

まとめ

いかがでしたか?
最後まとめると、
成長って、ただただ時間が流れるだけじゃなくて、自分からアクションを起こさないと成長はできないんだな。と思いました。

フローチャートの💡のマークを見てもらえると分かるように、
💡マークがついているところは必ず自分でなにかしら動き出していませんか?
そんなことに気付かずに毎日送っていましたが、
こうやってチャートにしてみると、
「このとき確かにがんばっていたな。」
って思います。

今回記事を書いてみて、いろいろ思い出しました。「気付き」も頂きました。
皆さんにもこの記事から、なにか「気付き」を得て頂けると私はとっても嬉しいです^^

それでは、皆さんまたお会いしましょう。


^^ackey^^

ある一家の第二子(次女)として誕生。父親の転勤で色々な県を4年1回渡り歩く。高校1年生の頃友達との行き違いが大きなストレスになり、幻聴が聞こえ始める。2年次から大人しいグループに入ることによって、行き違いはなくなる。何とか短大まで進学。短大卒業後は、障害をクローズにして接客のアルバイトを転々とする20代、障害をオープンにして事務職に就く30代、障害が軽くなった40代、在宅勤務をする50代を過ごす。現在は「かなうラボ」でライティングコースに所属して半年余り。大いに活躍する。好きな事は美味しいものを食べることです。