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「休んでもいい」と思えた瞬間

趣味・日記
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皆さんこんにちは。就労継続支援B型事業所かなうラボ利用者の^^ackey^^です♪

今回のテーマは仕事をしていく上で大きな課題になってくると思います。
大体の勤務はシフトに基づいて社員の皆さんが動いている感じだと思います。

経験のある方もいるかもしれませんが、一般就労だと、一度決めたシフトはなかなか変更できません。
変更するには申請が必要です。
突然の家族・親戚の訃報や、体調不良など、仕方のないときは上司に相談して休暇をいただくことはあります。が私が見てきた中ではあまり例がありません。
極力任務を果たすのが正社員なんですね。

有給休暇を消化する、という場合もありますが年に数回です。

私の場合、20代はアルバイト生活でしたがクローズでしたので、体調が悪くても出勤していました。
30代でオープンで働くことを前提と変更したので、そこから働き方が変わってきたように思えます。
詳しくはこれからお話していきますね。

それでは、お付き合いくださいね^^



私が「休む」ことを選んだきっかけ

障害者枠で働いてみて

冒頭にも少し触れましたが、私は20代の頃障害をクローズにして一般枠でアルバイトをしていました。
幸いなことに見た目では障害を持っていることが分からなかったため、面接も普通に突破できました。

いざ!働いてみると最初は覚えることが一杯で、付いていくのが精一杯だったことを覚えています。
店長には怒られるし、あるアルバイト先では
「そんなに覚えが遅かったら、他の人を雇わなくてはならなくなるよ!」
と言われたりもしました。
「他の職員さんよりも短時間でアルバイトしているんですもの。そりゃあ比べる方がおかしいでしょ!?」
と今では言いたいですが、若い私にはそんな正論をかます度胸もなく、
「そんなこと言われるなら辞めた方がいいや。。。」

としか考えられませんでした。

私の転機は30代に差し掛かってからやってきました。
若い頃、一般枠でかなり苦労をしたので、
「もう30代だし、隠すこともないかな?」
という気になったのです。

そこで障害をオープンにした働き方を選ぶように方向転換しました。

それからは、今までと違って体調が悪い時には休むようになりました。
初めは、
「休むと周りに迷惑がかかるし、自分の仕事が遅れてしまうんじゃないか?」
と休んでいても気持ちが落ち着かない感じがしました。

復帰するのに勇気が必要だったりもしましたが、周りは自然と受け止めてくれました。
それぞれの仕事で忙しい、という事もあったのでしょう。
そして私にばかりかまってもいられない環境だったので、逆に根掘り葉掘り詮索されることなくサラッと復帰できました。

就労継続支援B型で働いてみて

就労継続支援B型は、なおさら作業しながらお休みを取りやすい環境です。
もちろん手取りの工賃は減ってしまいますが、緊急でお休みを取らなければならない時などは、誰にも気を遣わず用事に専念できます。

私も一般就労→障害者枠での就労→B型利用
と段階を踏んだので、だんだん心にお休みを取る余裕が出来てきたのかもしれません。

今はお休みを頂く理由としては、母の介護か、義父の介護、銀行業務や買い出し他家事もろもろ。
ですね。
大体先にスケジュールが分かっていることが多いので、予定に合わせて休暇を申請しています。

これは、絶対的なものではなく、なにか突然予定が入ったり、体調不良があったりすればいつでも変更できる制度になっています。

今のところ母も、義父も福祉の力を借りながらですが一人でしっかり暮らしているので、問題は通院のみですね。

と言っても、母は月に1~2回の通院で、義父は2カ月に一度の通院ですので、そんなに負担でもありません。
そして義父は、2カ月に1度の通院を私達夫婦が忙しくしているのを見て、実費でヘルパーさんに頼んでくれる、と言っています。
私達は定期的にご飯を食べに行く、という名目で義父を連れ出し、たまには美味しいご飯を食べに行こうかと考えています。

こういった介護が必要な家族がいても、仕事を辞めずに続けられる。
素晴らしい環境だと思います^^


まとめ

いかがでしたでしょうか?
私が「休んでもいい」と吹っ切れるまでの道のりを一緒にご覧になっていただけましたか?

以下に箇条書きにしてまとめますね。

・20代は一般枠で働き休みづらかった。
・30代になって一般枠→障害者枠へと切り替えができた。
・B型事業所に所属して更に休みを取りやすくなった。

一般枠でも家族が急に熱を出した、とか体調不良で看護が必要な事からお休みを取るケースもあります。
なので一般枠だから休暇は絶対許されない、という事はありませんが、復帰する時に周囲の目が気になったりはします。

私の場合は段階を踏んで休みやすい環境に身を置くように選択をしました。
親の介護、自分の年齢などからも次第にそのように変化していきました。


皆さんはどのような遍歴をお持ちでしょうか?

どんな経験も皆さんの糧となり、人生にプラスになっていることを願っています✨

では、この辺で失礼いたします。


^^ackey^^

ある一家の第二子(次女)として誕生。父親の転勤で色々な県を4年1回渡り歩く。高校1年生の頃友達との行き違いが大きなストレスになり、幻聴が聞こえ始める。2年次から大人しいグループに入ることによって、行き違いはなくなる。何とか短大まで進学。短大卒業後は、障害をクローズにして接客のアルバイトを転々とする20代、障害をオープンにして事務職に就く30代、障害が軽くなった40代、在宅勤務をする50代を過ごす。現在は「かなうラボ」でライティングコースに所属して半年余り。大いに活躍する。好きな事は美味しいものを食べることです。