こんにちは、就労継続支援B型事業所かなうラボ利用者のオハナです❁
今日は私の育った家庭環境の話と、うつ病になった後に両親へ理解してもらうために行なったことについてお話したいと思います。
5人きょうだいの末っ子
私は、2人の姉、2人の兄が上にいます。
一番上の姉とは11歳ほど離れていて、長女、次女、長男、次男、三女の私の順。
5人きょうだいという、きょうだい構成の家庭は、私が学生の頃、周りに誰もいませんでした。
大人数のきょうだいの末っ子の宿命、「お下がり」。
私は小中学生の頃、それが嫌で嫌でたまりませんでした。
学校用品は、全てお下がり。
制服、ジャージ、習字セット、絵の具セット、裁縫セット、リコーダーまで。
当時そんな子は恐らく一人もいなかったと思います。
しかも今と違って、絵の具セットなどの柄は自由に選べる時代ではありませんでした。
周りの友達はみんな一緒で、本当に私一人だけ古臭いものを使っていました。
絵の具のバケツも、白ではなく変な緑色。
まだ覚えているくらい。
そういうのを恥ずかしいと思いながら、教室で居心地悪く使ってました。
口をつけるリコーダーも姉のお下がり。
裏に姉の名前が彫ってあるので指で隠して使ってたのを覚えています。
裁縫セットもいつの時代か分からないダサい色の恐竜のキャラクター。
みんなはかわいい柄のを使っていたのに。
心底、嫌だった。
大人数のきょうだいの末っ子の宿命はまだあります。「パシられる」こと。
例えば、テレビを見ているときに、母親から「手伝って~!」と呼ばれたとします。
すると、上のきょうだいたちから「オハナ、行け」と言われるのです。
しぶしぶ母親のいるキッチンへ向かう、ということがよくありました。
アルバムはあるけれど…
生まれてからのアルバム、皆さんはありますか?
私は一応あります。一応。
ピンクのかわいらしい洋装で、表紙には女の子が描かれている。
ただ、そこには写真は1枚も入っていません。
姉、兄はちゃんと中身の入った、一言メモも添えてある、立派なアルバムがあります。
私だけ、写真すらアルバムに入っていない。
夫と結婚式を挙げる準備をしていたとき、久々にあの頃の惨めさというか、
寂しさというか、そういった感覚が思い出されました。
夫は2人兄妹の長男だから、アルバムはきちんとあるし、何冊もあるし、
探したい写真だってすぐに見つかる。
私は、写真を見つけてくるのでさえ一苦労。
どこにしまってあるのか分からない。
比べても仕方ないけど、夫と自分の育った環境を比べてしまいました。
末っ子は甘やかされて育つのか?
よく世間では、末っ子は「甘やかされて育つ」と言われています。
私は、ちょっと違うかなと思っています。
特に私の場合は特殊なので、一概にそうは言えないのかなと。
確かに、初産の子供より、育児に慣れ、親自身も少し気が抜けるようなところも
あるのかもしれません。
私の家庭環境では、いわゆる一般家庭のような愛情を受けた、とは思っていません。
甘やかされた感覚はなく、躾をされた感覚もなく、ただ、放置されていた感覚です。
「放任主義」というやつです。
これは、母親自身の口から発せられた言葉です。
「うちは、放任主義だから。」
これが母の口癖です。
子供の頃は、特になんとも思っていませんでした。
少し寂しさはあったかな。
褒めてほしいと思っていた。
勉強のこと、部活のこと、受験のこと、私のこと。
もっと興味を持って話を聞いてほしかった。
相談にのってもらいたかった。
私はいつも優等生でした。
勉強も良くでき、中学最後の成績表はオール5。
高校は地元の進学校。
部活も真面目に取り組んでいました。
大学はゼミを一生懸命やって、部活では部長も務め、
就活も頑張りました。
仕事だって一生懸命やってきたんです。
「オハナはすごいね。いつも頑張ってるね」
たったそれだけの言葉を両親は言ってくれませんでした。
「早く家から出たい」
いつの頃からそんなことを思うようになっていました。
働いて引っ越し資金を貯めて、都内に引っ越しました。
しかし、一人暮らしが合わなかったのか、大きなストレスが重なってしまい、
私は2019年にうつ病と診断をされます。
うつ病を理解してもらうために…
私がうつ病と診断されて、実家に戻ったとき、
まず病気の理解を得られないといけなかったのは、
放任主義を貫いてきた両親でした。
「やはり最初の頃は、「寝てるくらいなら家事をしろ」「散歩にでも行ったら?」などと言われました。
こちらは動きたくても動けないのに、それを上手く言葉で説明できる自信がありませんでした。
私はそこで、回らない頭を何とか回して、紙と鉛筆を持ち、
自分の取扱説明書を作りました。
うつ病とはこういう病気で、こういうことを言われると傷つきますと、
身体症状のこと、心理状態、できないこと、NGワードなど、
70代の両親でも分かりやすいように書いていきました。
テレビボードにセロハンテープで紙を貼ったところ、効果はてきめん!
次の日から、嫌な言葉を言われなくなりました。
より生きやすい考え方、視点
うつ病の症状、重さ、寛解までの期間は人によって様々です。
うつ病とはそもそもどういった病気なのか、うつ病になった方でも説明できない人もいます。
これは、うつ病に限った話ではありません。
病気や障害というのは、なった人にしか分からない辛さがあります。
当事者であるからこそ、発信できることが絶対的にあると私は信じています。
幸いにも私は、目も見え、耳も聞こえ、話ができ、パソコンを使って文字を打ち込めます。
スマホも持ってるし、日本という安全な国に住めています。
世界的に見れば、めちゃくちゃ幸運な人間です。
今の自分を振り返る中で、最近よく思い出す言葉があります。
皆さんは「鳥の目、虫の目」という言葉を聞いたことはありますか?
鳥の目:高い空から地上を見渡すように、全体像や流れ、本質を俯瞰して見る視野。
虫の目:虫が地面を這うように、現場に近づき、細部や課題の細かい部分をしっかりと観察する視野。
確かに私は、大家族の末っ子として、親の愛情もよく感じられないまま育ち、
2019年にはうつ病になり、そこから暗闇の中をもがき苦しみながら生きてきました。
しかし、病気のことを理解してくれる人も今ではいます。
徒歩2分のところにコンビニもあるし、趣味もあるし、推しもいるし、
病気に理解のある優しい夫もいます。
どこに視点を持っていくか、どのように人生を捉えていくのか。
過去の辛かった経験も含めて、これからどんな生き方をしていきたいか。
”自分の人生”という舟の舵を取るのは自分自身だと思います。



