みなさまごきげんよう。
就労継続支援B型事業所かなうラボ利用者のmayoです。
「これを選んで、本当に良かったのだろうか」。

人生の中で、そんな問いが頭をよぎったことはないでしょうか。
進学、就職、転職、結婚、引っ越し。あるいは、今日のランチで何を食べるかという小さな決断まで、私たちは毎日のように何かを選び続けています。
選択肢が溢れる今の時代だからこそ、「失敗したくない」「できるだけ後悔しない選択をしたい」と願うのは、とても自然なことです。
慎重に情報を集め、周囲の意見を聞き、自分にとっての「正解」を必死に探す。
けれど、私はある経験をきっかけに、「後悔しない選択を見つけること」そのものに、少し違和感を持つようになりました。
なぜなら、どれだけ真剣に考えて選んだとしても、あとから「別の道を選んでいたら」と思うことはあるからです。
では、人生において本当に「後悔しない選択」は存在するのでしょうか。
私自身の経験から考えてみたいと思います。
第一章 「正解の選択」を探し続けていた私
私は昔から、決断が苦手なタイプでした。
レストランでメニューを選ぶような日常の小さな場面でも、周囲の様子を窺いながら「本当にこれでいいのだろうか」と悩んでしまうほどです。
それが人生の大きな決断となれば、なおさらでした。
就職活動のときには、何十社もの情報を比較し、口コミを読み、先輩に相談しました。それでも、「もっと良い会社があるのではないか」「この選択で将来後悔しないだろうか」という不安は最後まで消えませんでした。
当時の私は、「後悔しない選択」というものが、どこかに確かに存在していると信じ込んでいたのだと思います。
十分に情報を集め、徹底的に考え抜けば、失敗のない正しい選択にたどり着けるはずだ、と。
だからこそ、「選択を間違えること」そのものが怖かったのです。
振り返ってみると、当時の私は「納得できる選択」をしようとしていたのではなく、「間違った選択をしたくない」という思いに支配されていたのかもしれません。
この二つは、似ているようで大きく異なります。
「納得できる選択」とは、自分の意思で道を選ぶことです。
一方で「間違わない選択」とは、未来の後悔を恐れて、リスクのない道を探すことです。
失敗や後悔を避けようとすればするほど、選択肢を比較する泥沼にはまり、かえって決断ができなくなっていきます。
第二章 転職という大きな選択と、その後にやってきた後悔
そんな私が初めて大きな決断を下したのは、20代後半での転職でした。
当時勤めていた会社に、大きな不満があったわけではありません。
ただ、「新しい分野に挑戦してみたい」という気持ちが、日に日に強くなっていったのです。
何ヶ月も悩み、家族にも相談しました。
今の会社に残るメリットと、新しい環境へ移るメリット。その両方を何度も紙に書き出し、比べ合わせました。
そして最終的には、「今しかできないかもしれない」と自分に言い聞かせ、転職を決意したのです。
自分なりに考え抜いた選択でした。
「これだけ真剣に悩んで決めたのだから、後悔することはないはずだ」
当時は、どこかそう思い込んでいたのかもしれません。
ところが、新しい職場に移ってからの半年間は、正直かなり苦しい時期となりました。
慣れない業務。
前職とは異なる人間関係。
思うように成果が出せない焦り。
以前なら当たり前にできていたことがうまく進まず、自分の能力そのものに自信を失ってしまう日々が続きました。
夜、ひとりで天井を見つめながら、「前の会社に残っていれば、今頃もっと安定した気持ちで働けていたかもしれない」と考えたことは、一度や二度ではありません。
あのとき、私は確かに後悔していました。
しかもそれは一瞬で過ぎ去るようなものではなく、何ヶ月も胸の奥にくすぶり続ける、じわじわとした後悔だったのです。
職場のデスクでパソコンに向かいながらも、「これだけ真剣に考えて選んだのに、どうしてこんなにも後悔しているのだろう」という問いが、頭から離れませんでした。
そして私は初めて、「正しい選択をすれば後悔しない」という考えそのものに、疑いの目を向けるようになったのです。
第三章 後悔は「選択を間違えた証拠」ではなかった
けれど、ある日同僚から「最初はみんな不安だよ」と声をかけられたことをきっかけに、少しずつ違う見方ができるようになりました。
転職から2年ほどが過ぎた頃、当時の苦しさを改めて振り返り、「あのときの後悔は、転職という選択が間違いだった証拠ではなかったのかもしれない」と思えるようになったのです。
新しい環境に移れば、誰しもそれまでの生活とのギャップに戸惑います。
仕事の進め方も、人間関係も、生活のリズムも一変するのですから、不安やストレスを感じるのはごく自然なことです。
当時の私は、その環境の変化による一時的な不安や苦しみをすべて「後悔」という一言で片付け、「後悔している=選択を間違えた」と決めつけていました。
しかし、「途中の過程で感じる苦しみ」と「選択自体の良し悪し」は、決してイコールではありません。
新しい環境に慣れるまで苦労したからといって、その道が間違いだったとは言えないのです。
逆に、何の壁もなくスムーズに進んだからといって、それが人生の絶対的な正解だったとも限りません。
私たちはつい、目前の状況だけをとらえて「あの決断は失敗だった」と決めつけてしまいがちです。
ですが、人生の選択の意味は、決断した瞬間に確定するものではありません。
選んだあとに何を経験し、何を学び、どう過ごしていくかによって、その選択の意味は後から変化していくものです。
仮にあのとき転職せず前の会社に残っていたとしても、私はまた別の「もしも」を抱えていたでしょう。
「あのとき挑戦しておけばよかった」
「このまま何も変わらずに年齢を重ねていくのだろうか」
そんな未来の自分を想像しては、別の形の後悔をしていたはずです。
そう考えると、人生において大切なのは「後悔しない完璧な道」を探すことではなく、「選ばなかった道を想像して揺れてしまう自分」をそっと受け入れてあげることなのかもしれません。
第四章 「後悔しない選択」ではなく「後悔と付き合う力」
そうした気づきを経て、私は「後悔しない選択」を探し求めることをやめようと思うようになりました。
もちろん、これは「何も考えずに直感だけで決めればいい」ということではありません。
事前に情報を調べることも、信頼できる人に相談することも、自分の本心と向き合うことも変わらず大切です。
ただ、それらの行動を「後悔を完全にゼロにするため」ではなく、「自分が納得して決断するため」に行う。
視点を少しずらすだけで、気持ちの持ちようは大きく変わりました。
今の私は、何か大きな決断を迫られたとき、自分自身にこう問いかけるようにしています。
「この選択で最悪な結果になったとして、そのリスクを背負ってでもやってみたい理由があるか?」
最初から完璧な正解を探すのではありません。
選択には多少のリスクや後悔がつきものだと受け入れた上で、それでも「この道を進みたい」と言える理由が自分の中にあるかを確認するのです。
このマインドに変えてから、決断に対するプレッシャーがずいぶん軽くなったと感じています。
後悔を完全に無くそうと苦しむのではなく、後悔したとしても「あのときの自分が誠実に考えて選んだ道だ」と受け入れること。
そして、その経験を糧にして次の歩みを進めていくこと。
それこそが、答えのない時代を迷いながら歩んでいく私たちに必要な「後悔と付き合う力」なのだと思います。
第五章 「選ばない」という選択にも、後悔はある
もちろん、後悔との付き合い方を覚えてからも、私の中から迷いが完全に消え去ったわけではありません。
今でも大切な決断の前にはあれこれと悩みますし、選んだ後に「本当にこれで良かったのだろうか」と1人で考える夜もあります。
それでも、あの転職の経験を通じて、ひとつ確信したことがあります。
それは、「現状維持を選ぶこと」や「あえて選ばないこと」もまた、立派な選択のひとつなのだということです。
何かを選ばず留まったからといって、後悔から完全に逃れられるわけではありません。
挑戦しなかったこと。
大切な想いを伝えなかったこと。
一歩踏み出すのをやめたこと。
そうした道にも、別の「もしも」という後悔が必ず残ります。
だからといって、「何でもかんでも挑戦すべきだ」と言いたいわけでもありません。
大切なのは、「絶対に後悔しない完璧な道」を探すことではなく、その時点の自分にできる範囲で、自分なりの理由を持って選び取ることなのだと思います。
たとえ後になって「あの選択で本当に良かったのかな」と振り返る日が来たとしても、
「あのときの自分は、あれが精一杯だった」
「それでも、自分なりに必死に考えて選んだんだ」
そう思えるのであれば、その選択には間違いなく価値があります。
だからこそ、「選ばない」という道を残したとしても、その留まる決断を自分自身の手で正解にしていくしかないのではないでしょうか。
おわりに 後悔しない人生より、後悔しても歩いていける人生を
「後悔しない選択は存在するのか」。
冒頭に掲げたこの問いに、今の私なりの答えを出すとすれば、
「完全に後悔しない選択を見つけるのは難しい。けれど、後悔したとしても後悔のない選択なら、きっとある」
ということになります。
人生において、選ばなかった道は必ず残ります。
だからこそ、どんな道を選んだとしても、「もしあっちを選んでいたら」と心が揺れる瞬間は訪れるものです。
しかし、それは決して「今歩んでいる選択が間違いだった」ということではありません。
迷ったことも、悩んだことも、そして少し後悔したことも。
そのすべてを含めて、その時点の自分が一生懸命に考えて決めた一歩です。
未来を予知できない以上、人生の選択に絶対的な正解を求め続けることには限界があります。
完璧な正解を探し求めて立ち止まるよりも、「今の自分は何を大切にして生きたいのか」を問いかけることのほうが、ずっと現実的で前向きな生き方ではないでしょうか。
もし今、あなたが人生の大きな選択を前に立ち止まり、悩んでいるのなら、どうか迷っているご自身を責めないでください。
後悔しない道を探すのではなく、
「たとえ後悔することがあったとしても、今の私はこれを選びたい」
そう思える道を、自分の足で一歩ずつ進んでいく。
そして、もし後から立ち止まってしまうような日が来たとしても、その感情を優しく受け止めながら、また次の選択を重ねていけばいいのです。
人生に必要なのは、後悔を一切しない完璧さではなく、後悔した自分をも受け入れ、それでもしなやかに歩んでいける強さなのだと思います。
最後までお読みいただき、誠にありがとうございました。
また次の記事でお会いしましょう。


