就労継続支援B型事業所かなうラボの記事を更新♪

【うつ病】母親とわかりあえない7年間のバトル

趣味・日記
この記事は約8分で読めます。

最近、悩みの種がとっ散らかっているシマエナガです(*’ω’*)

でも、同時に悩みを手放す決断もしたので、どうしてそうなったか言語化してみるよ!!
多分、同じように病気を持つ人で、同じような経験をしている人もいると思うんだ。
そんなことないよ!という人も、現実的に起こっていることとして知ってもらえると嬉しいな😊

母親という人物

あくまで娘のシマエナガから見て、だけども。
とにかく、『何とかなる』『考えるのが苦手』『気持ちを伝えるのが不器用』という大雑把タイプの母親。

逆に神経質で細かいことが気になるシマエナガは、母親に悩みを相談しては
『そんなこと気にしなくても大丈夫!何とかなる!』
シマエナガの話してることが難しくてお母さんよくわからない』
と、言われて育ったのね。
そんな難しいこと言ってないと思ってるんだけどね(笑)

父親もわりと繊細で気が利く人だから、まぁ家族の中に大雑把な人がいると中和されるのかな、なんて思ってた。

いつも、『起こったことはしょうがない』『前向きにいくしかない』とか。
あっさり系の母親。

そして、とにかくシマエナガが自立できるように、自分たち(両親)がいなくてもひとりで生きていけるようにと、育てられてきた。

病気発症

そんなあっさり系だけど、シマエナガがうつ病を発症した時は最初に気づいて、すぐ駆けつけてくれたのね。
だからその時は、本当に驚いてさー。
『えー!お母さんてお母さんだったんだ!!!』とか思った記憶があるよ🤣

それくらい、あっさりした人だと思ってたから。
あんまり、母親っていう感じがしなかったんだよね。
何ていうか、母親として例えば熱を出せば看病してくれるし、お世話してくれるけど、言語化が難しいなぁ…。
うーん、ひとりの女性って感じだったのよね。

仕事もバリバリしてたから、保育園のお迎え最後まで残っていたり、行事に来られないとかあったし。授業参観もほとんど来たことないんじゃないかな?
来てもちょろっと見て、すぐ帰るみたいな感じ。
行事が平日に多かったから、仕事で来られなかったんだろうね。
今なら、そう簡単に仕事は休めないとわかってるけど、当時は寂しかったっけ(笑)

まぁこんな感じの母親だったから、病気発症当時は【何か調子が悪いみたい】くらいの感覚だったと思う。

うつ病を発症し始めのバトル

『パワハラでうつ病になった』
と、話す気力もない中で説明したんだよね。

『外に出て、散歩して気分転換すれば治るよ!!』って、軽く言われた。

『これ見てわからない!?起き上がれないの!!ご飯も食べられない!!風呂も入れない!!どうやって外行くの!?』

と、力が出ないのに大声で喚き散らした。
いわゆる急性期の時は、トイレにすら這いつくばっていく状態だったから、外になんて行けなかったんだよね。
どう見ても、ボロボロの状態なのに軽く言ってくる母親に『状況わかってる?』と力なく聞いた。
パワハラとかどこにでもあるものだし、超絶元気だったシマエナガがこうなるなんて、って認めたくなかったのかもしれないけど。

『ちょっと休みなよ』と言って、帰っていった。
住んでたところが実家とちょっと離れてたけど、それでもたまに様子を見に来てくれてた。

一度、炊き込みご飯を作ることができて、食べきれなくて残っていたんだ。
お腹が空いたという母親に残り物の炊き込みご飯をだした。

『美味しい美味しい!料理できるようになったんだね』

って、美味しそうに食べてた。
この時のエピソードは何年たった今でも、たまに話してくるのでとても印象的だったんだろうね。

母親から少し休めと言われて数か月の間、うつ病の説明をし続けたけど、
『休めば何とかなる』と軽く考えられていて、そのたびに口論になった。

ただ、数か月休んでも一向に良くならないどころか、悪化しているのは感じていたと思うの。
あんなにゲラゲラ笑ってた娘がぼそぼそ何喋ってるかわからなくて、何度も聞き返されたしね。
表情もなくなって、目も合わせなくなって、これはまずいなと思ったってのはだいぶ良くなってから母親が話してくれた。
それからは、目があうか、目の表情はあるかを見て、シマエナガの調子がどうかがわかるようになったみたい。

実家近くへの引っ越し

数か月休んでも良くならず、むしろ悪化している状態で、離婚もしていたし、この土地にいる理由がないと判断し、実家近くに引っ越しを決めた。
正直、すごくしんどかった。
でも、最後の力を振り絞って引っ越しを終えて、実家の近くでひとり暮らしを始めたの。

力を振り絞りすぎて、反動がきてまた寝たきりになってしまって、引きこもり状態。

毎日のようにご飯を持って、様子を見に来てくれる母親。
まだ、きちんと治療ができていなかったので、カリッカリに痩せてしまっていたのに、それでも『外に出て散歩しな』という母親。
引っ越しができたんだから大丈夫でしょ、という感覚。

泣きそうになりながら、うつ病の説明をするシマエナガ
あるとき書類が必要で、外出しなくてはならないのに母親が迎えに来てくれても、どうしても玄関から外に出られない。
いい歳した大人が玄関で『外に出られないよぉぉぉぉ!!!』って大泣きするのをなだめる母親。

そこで、ようやく母親は事態の深刻さに気づくのだ。

遅い!!!

そのとき初めて、母親がシマエナガの腕をつかんで、
シマエナガは病気なの!!ね?病気!!だから外に出られないならお母さんがひとりで行ってくるから大丈夫だよ。』
って言ってきて、やっと病気だと実感したみたい。
普段、親の前で泣かない娘が目の前で『何であたしがこんな病気にならなければならないの』と泣いている。
やっと、娘が病気だと理解したみたいだった。

そこから何年も口論

ようやく、まともな治療を受け始めて薬を飲むようになったら、カリカリだった身体が急激に太り始めた。起き上がれないし外出拒否も相まって、どんどん太る。
過去最高に太り、『外に出て痩せろ』という母親。
どうしても外に出したいらしい(笑)

数えきれないくらい、うつ病の説明をしてきた。
そのたびに、『難しくてわからない』とか『周りでうつ病になってる人は何か月とかで良くなってる』とか言われて、

『だから!!!あたしは重度なの!!!外に出られないのも自分で意味わかんないし、太ってるのも薬の副作用!!!何度も言わせんな!!!』

と、いつも口論。
前向きにしろとか、いつ治るんだとか、そんなにいっぱい薬飲んで大丈夫なのかとか。

【頑張りたくても頑張れない病気】という認識は未だにできていない。

睡眠障害も、規則正しい生活をしろって言われ過ぎて悲しくなっちゃった。
何度も何度も、薬を飲んでも寝られない、途中で何度も目が覚める、逆に過眠で起きていられない、そういう説明をしているんだよね。
そういうときは、『お母さんも眠れないけど、そういうものだと思ってるよ!』と言う…。

『誰でも落ち込むことはあるんだよ!みんな一緒!!』

って、一番言われたくないことを言われたときは、まぁさすがにブチギレたよね🤣

『一緒!?じゃああたしの苦しさ背負ってくれるの?突然泣いたり、死にたくなったり、変わってくれるわけ!?』

ま、その時はさすがに黙り込んだけど。
一応、理解しようとしてくれてるのはわかるんだけど、
【あんなに元気だった娘が病気になった】という事実を受け入れたくないんだよね。

だから少しでも外に出られるようになった途端に『もう働けるんじゃない?』とか、本当に今流行りのノンデリ(デリカシーがない)発言してきた。
それを言われているシマエナガの気持ちとか考えたことあるんだろうか。

少し何かがひとつでもできると、どんどんハードル上げてくるんだよね~
だから、口論になるんだけど。

もうね、このやり取りが今も続いてるの(笑)
7年近くこのやり取り。
いつも、口論になる。

でも、前と違って今は病気だということはわかっている。
ただ、すごく悪くて本当に起き上がれないときより良くなっているから、今度は期待するんだよね。
痩せられないけど、外にも出られるようになった。目もあうようになった。笑顔も増えた。
会話もできるようになった。声に元気も戻ってきた。
そして、どうしても太っているシマエナガが嫌みたいで、しきりに運動しろって言ってくる。
少しづつ、本当にゆっくりしか良くなっていかないことは未だに理解できないみたいね。

諦め

シマエナガも、理解してほしくて口論になりながらも丁寧に、細かく説明していたんだけどね。
難しくてわからないって、結局終わるんだけどもさ。

つい最近、『実家に戻ってきたら?』と、経済的なことも考えて言われたんだよね。
でもね、シマエナガは両親とは適度な距離感がないとうまくやっていけないんだ。昔から。
ひとりっ子だからか、干渉がすごくてさー
自立して生きるように育ってきちゃったから、今更親とは住めないんだわ。

『お母さんはあたしが調子悪いとき見たことないよね?
天井見ながら泣いてたり、樹海に行くんだって騒いだり行き方調べたり。
そういう調子の悪いとき耐えられるの?』

って聞いたのね。

『シマエナガが調子悪いときなんて見たくもない!!!』

と、言われた(笑)
しかも、また痩せろ痩せろ言われてね。

『薬がなくなったら少しは変わるかもね』って言ったら、

『違う違う違う!!そうじゃない!!運動しないからだ』って言い返されて、

はぁ……諦めよう

となったんだ。
もう無理だ(笑)

結局、現状は理解してる(つもりなだけかもしれない)けど、状態の悪いシマエナガは見たくないのね。まぁ親としては見たくはないよね。
まぁそれはわからんでもない。元々が元気で気が強かっただけに、ギャップについてくるので精一杯なんだと思う。
母親の中では発症からもう7年も経ってるのに、何で仕事もできないの?って純粋にわからないんだと思う。それは、周りの人でうつ病の人たちがこんなに時間がかかっている人がいないから。
だから、『あの人は3か月休んで復帰した』とか『この人は半年くらいで元気になった』とかいう、比べても仕方のないことをシマエナガに話してくるんだよね。
母親の中でも葛藤してるんだろうなと思う。
病気なのはわかってる。でも、7年前に比べたらすごくよくなった。でもまだ働けない。症状の波もある。いやでも元気になったから、前みたいに戻るかも……。

そんな風にシマエナガには見えるんだよね。
もどかしいんだろうね。

今後の関係性

もう諦めたから、何を言われてもスルーするつもり。
『はいはい』と、スルースキルを身に付ける。

父親の病気のことも、やれることはやるけど、説明しても聞く気がないならどうぞお好きに。
一緒に住むことは考えてない。
まぁこれは、将来的に生活保護になる可能性が高いからということでもあるんだけど。
世帯分離するの面倒だから、最初から世帯別にしておく。

きっとシマエナガのぶっ壊れた生活リズムに口を出したくなるのも目に見えてるし、
今くらいがちょうどいいんだよ。

親だからと言って、娘のすべてを理解できるとも思ってないし、
逆に親だから病気になった娘を見たくないんだろうなとも思うからさ。

程よい距離感で今後も過ごしていくことになりそうだよ。

シマエナガの中では、諦め=病気に関することは期待をしない、ということでおさまった。

諦めって実は悲しいんだよねって思ってるシマエナガでした(*’ω’*)