就労継続支援B型事業所かなうラボの記事を更新♪

「思い描いていた大人になれなかった」——理想と現実のギャップと向き合う方法

趣味・日記
この記事は約3分で読めます。

みなさまごきげんよう。
就労継続支援B型事業所かなうラボ利用者のmayoです。

子どもの頃に思い描いていた「大人」に、今の自分はなれていない——そんな感覚を抱えたまま日々を過ごしている方は、きっと少なくないのではないでしょうか。今日はそんな想いを、私自身の体験を交えながら綴ってみたいと思います。

第1章:あの頃思い描いていた「大人」

小学生の頃、私は「大人になったら、もっと自由に生きられるはずだ」と信じていました。好きな服を着て、好きな時間に好きなことをする——悩みなんてほとんどないだろうと、漠然としたイメージを抱いていたのを覚えています。テレビに映る大人たちは、みんな堂々としていて、迷いがないように見えていました。だからこそ、いつか自分もあんなふうになれると、疑いすらしていなかったのです。

第2章:実際になってみて気づいたこと

けれど、実際に大人と呼ばれる年齢になってみると、想像していたものとはまるで違う日常がそこにありました。自由になったはずなのに、「休日は何をして過ごすか」といった選択肢すら多すぎて、かえって身動きが取れなくなる瞬間があります。堂々と振る舞えるようになるどころか、職場やご近所での人の目を気にするようになった気さえします。子どもの頃には見えていなかった「生活を維持することの大変さ」や「将来への漠然とした不安」が、いつの間にか日常に静かに入り込んでくるようになりました。理想としていた大人像と、今の自分との間には、埋めがたい距離があるように感じています。

第3章:ギャップが生まれる理由

以前はそんな自分を責めることもありましたが、ふと周囲を見渡したとき、このギャップは決して自分の努力が足りないから生まれたものではないと気づきました。私たちが子どもの頃に見ていた「大人」は、テレビや周囲の大人たちの、いわば編集された一面にすぎませんでした。誰もが不安を抱え、迷いながら日々を過ごしている——そんな内側の部分は、子どもの目には映っていなかったのです。加えて、時代の変化も無関係ではないと感じています。働き方も、結婚や家族のかたちも、私たちの親世代が生きた時代とは大きく変わりました。ロールモデルそのものが揺らいでいる時代に、かつて描いた理想像へ近づこうとすること自体が、そもそも難しい試みだったのかもしれません。

第4章:なれなかった自分をどう受け止めるか

そう考えるようになってから、私は「理想の大人になれなかった自分」を、少しずつ違う角度から見られるようになりました。堂々としていなくても、迷いながら選択を重ねていること自体に意味があるのではないでしょうか。完璧な答えを持っていなくても、その都度悩みながら進んでいく姿勢こそが、今の時代を生きる大人のかたちなのではないでしょうか——そんなふうに思うようになったのです。子どもの頃のイメージに自分を合わせようとするのではなく、今の自分がどんな大人でありたいかを、あらためて自分の言葉で考え直してもいいのだと思います。理想像は、更新してかまわないのです。

〆の言葉

「思い描いていた大人になれなかった」という感覚は、決して自分だけが抱えているものではないと思います。同じような戸惑いを抱えながら、それでも日々を積み重ねている人が、きっとどこかにたくさんいるはずです。過去に描いた理想と、今の自分を比べて落ち込む必要はありません。今日感じたこの気持ちが、自分らしい大人のかたちを見つけていくための、ひとつのきっかけになれば幸いです。不完全なままでも、一緒に少しずつ進んでいけたら嬉しいです。

以上、ここまでお読みいただき誠にありがとうございました。
またの機会にお会いしましょう。